存在感をめぐる冒険
批判理論の思想史ノート

四六判 / 514ページ / 上製 / 価格 5,500円 (消費税 500円) 
ISBN978-4-588-46015-9 C0090 [2018年11月 刊行]

内容紹介

存在感とは、〈今ここに私がいる〉という、否定することも手放すこともできない実感である。この一見あたりまえで常識的な経験は、どのようなメカニズムで生成し、複雑で重層的な人生の意味と美をなしているのか。現象学、記号学、民俗学、脳科学、国家論、精神分析、生政治論など現代思想の主題を縦横に論じ、「生きること自体」の愉悦のありかを探索する批評の冒険。

著訳者プロフィール

大熊 昭信(オオクマ アキノブ)

1944年生まれ。群馬県出身。東京教育大学英語学英米文学科卒、東京都立大学大学院および東京教育大学大学院で修士課程修了。筑波大学教授、成蹊大学文学部教授を歴任。ブレイク論で博士(文学)。著書に『わが肉体 大熊昭信詩集』(新世紀書房、1978)、『ブレイクの詩霊 脱構築する想像力』(八潮出版社、1988)、『感動の幾何学1 方法としての文学人類学』(彩流社、1992)、『感動の幾何学2 文学的人間の肖像』(彩流社、1994)、『ウィリアム・ブレイク研究 「四重の人間」と性愛、友愛、犠牲、救済をめぐって』(彩流社、1997)、『文学人類学への招待 生の構造を求めて』(NHKブックス、1997)、(月丘ユメジの筆名で)『狐』(新風舎、1999)、『D・H・ロレンスの文学人類学的考察 性愛の神秘主義、ポストコロニアリズム、単独者をめぐって』(風間書房、2009)、『無心の詩学──大橋政人、谷川俊太郎、まど・みちおと文学人類学的批評』(風間書房、2012)、『グローバル化の中のポストコロニアリズム』(共編著、風間書房、2013)、翻訳多数。

※上記内容は本書刊行時のものです。

目次

はじめに

第一部 存在感とはなにか

1章 自己の存在感という経験
1 なぜ存在感なのか──幸福と自己の存在感の快楽
幸福と存在感/情念の意識としての存在感

2 ルソーの存在感
「現存するという感情」/存在感の経験の多様性/常識哲学と存在感の哲学

3 自己の存在感──パースの一次性、二次性、三次性と知情意
記号としての感情──第一次性の存在感/対象としての情動、欲動──第二次性の存在感/解釈項としての意志──第三次性の存在感

第2章 存在感の組織化

1 カントの「内感」とパースの「自己意識」

2 ドゥルーズの基礎概念

3 本来的存在感

4 自己の存在感
アイデンティティとしての自己の存在感の快楽と苦渋/自愛──自己の存在感への愛着と呪縛

5 存在観

6 主体と主体化

7 根源的存在感

8 実在感

9 ヴィゼナーの「存在感」──実存範疇のまとめ

第3章 存在感の形而上学──ケ、ケガレ、ハレ、カレ

1 ケ(ケ、ケガレ、ハレ、カレ)
ジェイムズの純粋経験──ケ(ケガレ)/エリオットのフィーリング──ケ(カレ)

2 ケガレ(ケ、ケガレ、ハレ、カレ)
ロレンスの『死んだ男』──ケガレ(ケ、ケガレ、ハレ、カレ)

3 ハレ(ケ、ケガレ、ハレ、カレ)
パースのハレ(カレ)/ブレイクの「四重のヴィジョン」

4 カレ(ケ、ケガレ、ハレ、カレ)
埴谷雄高の『死霊』/モーリス・ブランショの『文学空間』

第4章 存在感の現象学

1 〈今ここ〉──存在感の時間と空間
〈今〉の時間論/〈ここ〉の場所論

2 〈私〉の存在感──自己と統覚の主体
エリオットの〈私〉とライプニッツの統覚とカントの統覚の主体/意識の流れと超越論的自我

3 〈いる〉の存在感──存在と行為
観照的存在感と実践的存在感/存在と行為──ヘンダーソンの「在ること派」と「成ること派」/ウルフと〈いる〉と根源的存在感/気遣いとゾルゲ──存在感分析と現存在分析/〈いる〉の病理としての自己の存在感の喪失──水島恵一の『自己と存在感』/〈いる〉の変調──気違い・気狂いとテレンバッハ

4 〈今ここに私はいる〉の〈感じ〉
キーツとfeeling の意味素/ホワイトヘッドの「感じ」

第二部 存在感の生成と展開──記号過程の自然史と社会史

第1章 意識の自然史あるいはその発生と展開の記号学と脳科学

1 宇宙論──神話から形而上学をへて天体物理学へ

2 不可能なるものから可能なるものへ──非在から存在へ

3 記号過程の展開としての自然史──ビッグバンからダニの生態まで

4 生命の誕生から意識へ──ホフマイヤーの記号過程論

5 自然史のなかの第四項

6 人類記号過程としての言語の誕生
人類記号過程の系統発生/人類記号過程の個体発生──酒井邦嘉の『言語の脳科学』

7 人類記号過程と意識の発生
意識の発生/自己意識の発生──意識の意識

8 脳科学と意識──アントニオ・ダマシオをめぐって
ダマシオの三つの自己意識/中核自己から自伝的自己へ──言語の介入について/脳科学と精神分析/ダマシオの自伝的自己とマラブーの脳の可塑性

第2章 世界観の効果と自己意識の構造

1 判断と文の効果

2 文の遠近法と方向性と世界観の効果
方向性/遠近法 /世界観の効果/ワイルドの『サロメ』

3 根源的メタファーと世界観
隠喩、換喩、提喩、アイロニー、ナンセンスと世界観/文の効果と修辞の効果と自己形成/発話の主語と発話行為の主体──自己同一化からの離脱または空無としての主体/物語分析──背景や登場人物の布置の示す寓意と記号過程の構造/存在感分析の手法としての言説分析──バフチンとペシュー/存在感分析としての読書──『ピーター・パン』の文学的経験

第3章 社会と国家と権力──人類記号過程の外在化と物象化

1 カストリアディスの「社会的想念」

2 人類記号過程の「外在化」としての権力構造と社会組織
三極構造
フロイト、ラカン、フーコー──記号と権力
言語と権力──ルジャンドルの『ドグマ人類学総説』
トフラーそしてデュメジル──権力の構造
E・H・カントーロヴィチの『王の二つの身体』
人格の三極構造──クローカーとアウグスティヌス
アガンベン──権力から無為へ
ミルトン・シンガーの記号学的人類学──自己の三極構造とその超克

四極構造
クラストルの『国家に抗する社会』──政治人類学と記号過程
国家なき社会の経済──マリノフスキーそしてモース
スコットの無国家の空間「ゾミア」とグレーバーのアナーキズム経済

第4章 国家から国家なき社会を生み出す手法──植民地の経験に学ぶ

1 植民地の経験
マーガレット・アトウッドの『サバイバル』──ケガレとしての犠牲者/ホミ・バーバとリミナル(境界)

第三部への間奏──吉本隆明の「大衆の原像」の「内観」

第三部 存在感分析と精神分析

第1章 「在ること派」と「成ること派」または強迫神経症とヒステリー

1 「在ること派」の精神分析と文学理論──神田橋條治とバルトの場合
神田橋條治の『治療のための精神分析ノート』/バルトの『テクストの快楽』

2 ラカンの精神分析とパースの記号学──「成ること派」の精神分析
精神分析のセラピーと存在感分析のセラピー/ラカンとパースの相似性/ラカンの主体の構造論とその変遷/自己意識の弁証法と記号過程──フロイト、ラカン、パースの三極構造と四極構造

第2章 精神分析を存在感分析で読む

1 症例としての呪縛する自己の存在感と反復強迫の経験
生の欲動と死の欲動/自己の存在感と反復強迫

2 自己の存在感の呪縛とフェティッシュ
「小さな対象a」/フェティッシュとしての物象化──「である」から「する」へ/「小さな対象a」からの離反──精神分析の快楽と存在感分析の悟り/フェティシストと自己の存在感の呪縛/パラノイアとスキゾフレニーまたは「否認」と「排除」──三角形の外へ

3 自己の存在感と転移──歴史的トラウマからの離脱と呪縛する自己の存在感の解縛

第3章 〈生治〉へ向かう新しい主体──その思想と論理

1 普遍性と相対化の論理──四極構造の可能性の核心
ベンヤミン、ヘーゲル、マルクスそしてパースの記号過程/ジジェクの「外部の観察者」/普遍性と相対化

2 〈私〉の死とその超克の論理──客観的主体化、出来事の抹消不可能性、存在の相対化流れない時間/主観(人間)の主体と客観(対象)の主体/〈起こったことは起こったことで決して無くなりはしない〉──客観的主体としての出来事の抹消不可能性/死の克服としての存在と非存在の相対化──歴史の外部から脱歴史へ

第4章 革命的主体としての強迫神経症とヒステリー

1 ヒステリーと革命家
エルネスト・ラクラウ──敵対性としての主体/ジュディス・バトラー──行為体としての主体/ジジェクの場合

2 強迫神経症者の革命──精神分析から存在感分析へ
「明かしえぬ共同体」と「無為の共同体」/制度化する社会、構成的権力、脱物象化──カストリアディス、ネグリ、ホロウェイの場合

3 「単なる生」の歴史化──〈生治〉のほうへ
脱成長の経済/ポスト歴史──日本文化と気の具体化/生政治の具体化する生/「在ること派」の実現のための行動主体/「在ること派」──『里山資本主義』と『車輪の下』

4 存在感分析の実践例
読者の存在感分析──『あるときの物語』をめぐって/作者の存在感分析──クッツェー『エリザベス・コステロ』の場合

おわりに

参照文献
あとがき
事項索引
人名索引

関連書籍

『エコロジーの道』
E.ゴールドスミス:著
『閾の思考』
磯前 順一:著