叢書・ウニベルシタス 1196
我は真理なり
キリスト教の哲学のために

四六判 / 486ページ / 上製 / 価格 4,400円 (消費税 400円) 
ISBN978-4-588-01196-2 C1310 [2026年01月 刊行]

内容紹介

キリスト教の真理とは〈生の真理〉である──『現出の本質』をはじめとする数々の著作で戦後フランス哲学の一角を代表するミシェル・アンリ晩年の書。神は〈生〉であり、キリストはその〈自己性〉、そして人間は〈神の子〉である。みずからの本質である〈生〉を忘却した人間の救済は可能なのか。生の現象学と聖書的真理を融合させた、独創的かつ反時代的な文明社会批判が読む者を圧倒する。

著訳者プロフィール

ミシェル・アンリ(アンリ ミシェル)

ミシェル・アンリ(Michel Henry)
1922年、旧仏領インドシナ(現在のベトナム)のハイフォンに生まれる。7歳のときフランスに帰国し、アンリ四世校に通う。1945年、哲学教授資格を取得し、リセで教鞭を取るかたわら国家博士学位論文を書く。1982年に退職するまで、ポール・ヴァレリー大学(モンペリエ第三大学)哲学教授、小説家としても知られ、ルノード賞受賞作を含む4冊を出版している。戦時中、強制労働局へ徴発されたが、ドイツ行きを拒んで地下に潜行。この「地下潜行」体験はアンリ哲学に決定的な影響を及ぼし、独自の「生の現象学」形成の契機となる。哲学的著作に『現出の本質』(1963)、『身体の哲学と現象学』(65)、『マルクス』(76)、『精神分析の系譜』(85)、『野蛮』(87)、『見えないものを見る』(88)、『実質的現象学』(90)、『共産主義から資本主義へ』(90)、『我は真理なり』(本書、96)、『受肉』(2000)、『キリストの言葉』(2002)など、小説に『若き士官』(1954)、『目を閉じて、愛』(1976、ルノード賞)、『王の息子』(1981)、『不躾な死体』(1996)がある。

川瀬 雅也(カワセ マサヤ)

川瀬 雅也(カワセ マサヤ)
1968年生まれ。立命館大学大学院文学研究科博士課程後期課程修了、博士(文学)。パリ第十大学D.E.A.取得。佐世保工業高等専門学校准教授、島根大学教育学部教授を経て、2019年より神戸女学院大学文学部教授。著書に『経験のアルケオロジー──現象学と生命の哲学』(勁草書房)、『生の現象学とは何か──ミシェル・アンリと木村敏のクロスオーバー』(法政大学出版局)、編著書に『ミシェル・アンリ読本』(法政大学出版局)、訳書にマルク・リシール『身体──内面性についての試論』(共訳、ナカニシヤ出版)、ポール・オーディ『ミシェル・アンリ──生の現象学入門』(勁草書房)がある。

※上記内容は本書刊行時のものです。

目次

凡例

序論 われわれは何を「キリスト教」と呼ぶのか

第1章 世界の真理

第2章 キリスト教による〈真理〉

第3章 〈生〉という名の〈真理〉

第4章 〈最初の生ける者〉の生出としての〈生〉の自己‐生出

第5章 キリストの現象学

第6章 〈神の子〉としての人間

第7章 「〈息子〉のうちなる〈息子たち〉」としての人間

第8章 人間によるその〈息子〉という条件の忘却──「我としての自我」、「エゴとしての自我」

第9章 第二の誕生

第10章 キリスト教の倫理

第11章 キリスト教の逆説

第12章 神の言葉、聖書

第13章 キリスト教と世界

結 論 キリスト教と現代の世界

訳注

訳者あとがき