いま現象学研究を世界的に先導するデンマーク出身の哲学者ザハヴィの主著。フッサール以降、ハイデルベルク学派、サルトル、メルロ=ポンティ、レヴィナス、アンリ、デリダらによる二十世紀哲学の探究が、反省以前の自己意識の体験と、そこに顕現する他者性の問題にいかに取り組んできたかを真正面から主題化した著作。哲学の伝統を継承し豊饒化する、本格的かつ徹底的な思考。
ダン・ザハヴィ(ザハヴィ ダン)
(Dan Zahavi)
1967年デンマーク、コペンハーゲン生まれ。1994年ルーヴァン・カトリック大学で博士号を取得、1999年コペンハーゲン大学で教授資格を取得、2002年よりコペンハーゲン大学教授および同大学主観性研究センター所長を務める。2000年に本書によりエドワード・グッドウィン・バラード現象学賞を受賞。コペンハーゲン大学主観性研究センターを拠点に研究の最前線に立ち続ける現代を代表する現象学者の一人。本書の他に『フッサールの現象学』『初学者のための現象学』(以上、晃洋書房)、ギャラガーとの共著『現象学的な心』(勁草書房)が邦訳されている。
中村 拓也(ナカムラ タクヤ)
1976年生まれ。同志社大学大学院文学研究科哲学および哲学史専攻博士課程(後期課程)満期退学。博士(哲学)。現在、同志社大学文学部准教授。専門は哲学(現象学)。訳書にザハヴィ『フッサールの現象学』(共訳)、同『初学者のための現象学』、アルワイス『フッサールとハイデガー ──世界を取り戻す闘い』(共訳)、リー『本能の現象学』(以上、いずれも晃洋書房)がある。
※上記内容は本書刊行時のものです。序
謝 辞
第一部 準備的反省
第一章 「私」
「私」という指示
「私」の指示するもの
第二章 反省的自己意識 対 先反省的自己意識
自己意識の反省理論
主観性と指標性
ブレンターノ──内的意識について
ハイデルベルク学派の立場
内的複合性
第三章 いくつかの本質的問い
トゥーゲントハットの批判
第二部 主観性の自己顕現
第四章 いくつかのはじめの区別
存在論的一元論
サルトルとフッサールにおける先反省的自己意識
周縁的意識
第五章 自己意識の時間性
時間客観の構成
流れの自己顕現
諸々の異なる形式の時間性
デリダ──把持について
アンリ──印象性について
第六章 生きられる身体
知覚する身体
身体の自己顕現
身体の自己対象化
第七章 自己触発と異他触発
アンリと純粋な内面性
フッサール──自己意識と触発について
サルトル──意識の空虚さについて
デリダと開襞することの裂け目
自己顕現の差異化された基盤構造
第八章 自我中心性の異なるレヴェル
サルトルと非自我論的意識
一人称的所与の自我中心性
焦点の原理としての自我
自我の作用超越
時間性と離人症
第九章 人格・身体・他者
内世界的自己意識
他者の異化するまなざし
個体性と相互主観性
身体の外面性
幼児期の自己意識
第一〇章 自己顕現と自己認識
純粋な反省と不純な反省
反省と自己他化
主観性の不可視性
第一一章 自己意識と他性──結論
附 論 自己意識と無意識
フロイト
現象学と無意識
自己光輝性と自己透明性
解離の諸形式──夢遊病と催眠
訳者あとがき
註
引用文献
人名索引
謝 辞
第一部 準備的反省
第一章 「私」
「私」という指示
「私」の指示するもの
第二章 反省的自己意識 対 先反省的自己意識
自己意識の反省理論
主観性と指標性
ブレンターノ──内的意識について
ハイデルベルク学派の立場
内的複合性
第三章 いくつかの本質的問い
トゥーゲントハットの批判
第二部 主観性の自己顕現
第四章 いくつかのはじめの区別
存在論的一元論
サルトルとフッサールにおける先反省的自己意識
周縁的意識
第五章 自己意識の時間性
時間客観の構成
流れの自己顕現
諸々の異なる形式の時間性
デリダ──把持について
アンリ──印象性について
第六章 生きられる身体
知覚する身体
身体の自己顕現
身体の自己対象化
第七章 自己触発と異他触発
アンリと純粋な内面性
フッサール──自己意識と触発について
サルトル──意識の空虚さについて
デリダと開襞することの裂け目
自己顕現の差異化された基盤構造
第八章 自我中心性の異なるレヴェル
サルトルと非自我論的意識
一人称的所与の自我中心性
焦点の原理としての自我
自我の作用超越
時間性と離人症
第九章 人格・身体・他者
内世界的自己意識
他者の異化するまなざし
個体性と相互主観性
身体の外面性
幼児期の自己意識
第一〇章 自己顕現と自己認識
純粋な反省と不純な反省
反省と自己他化
主観性の不可視性
第一一章 自己意識と他性──結論
附 論 自己意識と無意識
フロイト
現象学と無意識
自己光輝性と自己透明性
解離の諸形式──夢遊病と催眠
訳者あとがき
註
引用文献
人名索引
書評掲載
「図書新聞」(2017年10月21日号/長滝祥司氏・評)にて紹介されました。