報道各社によれば、リビアの首都トリポリで激しい武力衝突が起き、民間人を含む多くの死傷者が出ているようです。
カダフィの死後、国際的に最も不安定な情勢におかれてきた国の一つであり、トルコやワグネルとも深い関わりのある地域です。
法政大学出版局より、2023年6月に刊行した、多谷 千香子:著『アラブの冬──リビア内戦の余波』は、かつて旧ユーゴ戦犯法廷裁判官、最高検検事を務めた著者が、カダフィ死後のリビアの混乱や周辺各国への影響などを、膨大な情報をもとに多面的に分析している本です。
この状況の歴史的原因を、まとまったかたちで理解できる日本で唯一の学術書となっており、今後の動向を理解するのに必携です。
民主化運動「アラブの春」後、NATOの軍事介入を受けた中東地域は不安定となり、内戦や飢餓、膨大な難民など収まる気配がない。本書は、カダフィが殺害されてからリビアやその周辺諸国がなぜ混乱を極め、イスラム原理主義者が台頭するようになったのか、国際社会の対応にも目を配りながら検討する。選挙を実施すれば民主的な法治国家になるわけではなく、カダフィを葬った大国の思惑は他にあった。
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以下「あとがき」より抜粋。
カダフィ体制を葬ったリビア第1次内戦 (リビア革命)は,現在を生きる多くの日本人にとっても,日々のニュース報道で接したナマの体験だった。 リビア革命は、半年を越えて目まぐるしく変転し,カダフィ殺害という劇的な結末で終焉したが,その有様に大きな関心をもった者も多いだろう。筆者もその一人ではあるが,さらにリビア革命の実相を自分で調べてみたいと思うようになったのは,2016年4月の The Atlantic Magazine や Fox News のインタビューで,オバマが「カダフィ政権が倒れた後どうするかの計画をリビア介入前に立てるべきだったと思うが,そうしなかったのは在任中最大の失敗だ」と語っているのを知ってからである。 その頃のリビアは,国民合意政府 (Government of National Accord) が国を一つにまとめるべく動き出したばかりだったが,GNAの船出は難航して先が見えず,治安も人々の生活状況もカダフィ時代より悪化していた。 このインタビューを読んで,「何をどう間違ったのか」に俄然興味をそそられるとともに,そもそもリビアについては何も知らないことに気付かされた。 そこで,カダフィ時代のリビアから調べ始め,リビア革命に対するNATO の軍事介入の経緯をたどって行くと,カダフィの人物像やカダフィ体制を葬った諸外国の思惑が見えてきて,第1部: カダフィのリビア,第 II 部: カダフィを葬った大国の思惑,第III部:イスラミストの台頭までは比較的早く執筆を終えることができた。 しかし,2014年に始まったハフタルのイスラミスト掃討作戦は延々と続き, マリなどサヘル諸国に飛び火した混乱も流動的で落ち着き先が見えなかった。 そこで,第III部を書き上げてからは,事態の推移を横目で睨みながら,チュニジア,リビア,マリ,カタールなど関係諸国を見て回ることにした。 現地に入って多くのことを見聞きし地元の感覚を体験して,それまで頭で理解していたことが腑に落ちる気がした。
その後,リビアでは2020年10月にようやく停戦合意が成立し,将来に明るい兆しが見えたが,心待ちにしていたリビア独立70周年記念日の2021年12月24日に予定された大統領選挙は流れてしまった。それ以降も,リビアは選挙の予定も立てられず,近い将来,社会的安定を取り戻し国家再建に向かうことは期待できない状況にある。 そればかりか, 2023年4月15日には隣国スーダンでスーダン国軍 (Sudanese Armed Forces: SAF) と即応支援部隊 (Rapid Support Forces: RSF) との戦闘が勃発して収まる気配がなく,リビアなど周辺国に波及してサヘル諸国の情勢は一気に悪化することが懸念される。今回,出版に踏み切ったのは,リビアが次のステップに踏み出す(再び事態が流動化して悪化する)前に,カダフィ時代からリビア第1次及び第2次内戦を経て現在に至る過程をまとめておくのが適切だろうと思い,今がその潮時だろうと考えたからである。